焼き物の街「愛知県・常滑」と県内屈指のリゾート地「美浜」で見られる歴史的スポット9選

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常滑焼の街「常滑方面」

家康ゆかりのスポット・乾坤院

家康ゆかりのスポット・乾坤院

乾坤院(けんこんいん)は愛知県知多郡東浦町にある寺院で、JR東海武豊線・緒川(おがわ)駅から徒歩約15分。室町時代の1475年(文明7年)に緒川城(かつて尾張国に存在した城)初代城主であり水野家の家祖でもある水野貞守によって水野家の菩提寺として建立。徳川家康の生母・伝通院(於大の方(おだいのかた)とも呼ぶ)は4代城主・水野忠政の娘でありここででも供養されている事から、家康ゆかりの寺院としても有名に。

寺院名についている「乾坤」とは八卦(はっけ。中国から伝わる占いの一種)の西北(乾)と西南(坤)の方位を示すもので、緒川城からみて西方の方角に寺院が建立されたことから名づけられたとされています。占いの影響を強く受けて名付けられたのですね。また寺院にある「宇宙稲荷大明神」は室町時代の明応(めいおう)年間に出陣祈願を行うため勧請されたもので、現在は寺院の総門を入った場所に位置。知多民話「狐の嫁入り」の発祥地とも言われており、物語を想像しながら見てみたいところですね。住所:愛知県知多郡東浦町緒川沙弥田4

織田・徳川両氏と関係を持つ「大野城跡」

織田・徳川両氏と関係を持つ「大野城跡」

愛知県常滑市金山の青海山にかつて存在した「大野城(おおのじょう)」は「宮山城(みややまじょう)」とも呼ばれた城で、南北朝時代の観応年間(1350年)に三河国守護・一色範氏(いっしきのりうじ)によって築かれたとされる城です。

城を築いたころの一色範氏は伊勢湾の海運を手中に収めるなど精力を拡大していましたが、将軍・足利義政との対立により三河国守護の座を失うと勢力は衰退。その後は尾張守護の土岐氏が城を奪うと家臣の佐治宗貞(さじむねさだ)が入城その後は4代にわたって佐治氏が城を持つことになりました。佐治氏のあとは織田信秀の11男・織田長益が城主となりますが、大草城(現在の愛知県知多市大草に存在した城)へ移った後は廃城になったと言われています。

また佐治与九郎の時代にはお市の方(織田信長の妹)の娘・お江の方(崇源院)が嫁いできたことでも知られ、彼女はのちに徳川3代将軍・家光を生むことに。織田・徳川氏両方に関係ある城ということになりますね。現在城のあった位置は1968年(昭和43年)に「常滑市指定文化財」に指定され、1980年(昭和55年)には城型展望台が完成。展望台は絶景スポットにもなっており、伊勢湾の大パノラマが見どころになっています。住所:愛知県常滑市金山字城山46

焼き物尽くしの道「やきもの散歩道」

焼き物尽くしの道「やきもの散歩道」

大きな10本の煙突が設けられた「陶栄窯」は1887年(明治20年)頃に築かれたとされる窯で、日本に現存する窯の中で最大の大きさを誇るもの。やきもの散歩道Aコースの途中で見られるスポットです。

窯は1974年(昭和49年)まで使用されていたもので、1982年(昭和57年)には国の重要有形民俗文化財に指定、常滑に現存する唯一の「連房式登窯(れんぼうしきのぼりがま。焼成室を斜面に複数連ねた窯)」です。ここのものは約20度の傾斜に8つの焼成室を組み合わせたもので、内部は見学することも可能。散歩道Aコースには1997年(平成9年)に開館した「登窯広場展示工房館」もあり、絵付け体験や大正期に造られた「両面焚倒焔式角窯」の展示を実施しています。

このほかには明治時代に造られた土管と焼酎瓶で埋め尽くされた坂道「土管坂」が設けられており、坂道には滑り止めとして焼き物が埋め込まれています。日本を代表する焼き物「常滑焼」の街らしい「焼き物づくし」のエリアですね。

もう1つのBコースには常滑に本社を置く「INAX」が運営する「INAXライブミュージアム」もあり、こちらでは世界中から集められた「世界のタイル博物館」などを設置。国内だけで世界の焼き物も見ておきたいですね。INAXライブミュージアム住所:愛知県常滑市奥栄町1-130

半田屈指の豪商が住んだ「小栗家住宅」

愛知県半田市にある「小栗家住宅(おぐりけじゅうたく)」は醸造業などを営んでいた小栗家の旧邸宅兼店舗で、1867年(慶応4)から1870年(明治3)にかけて10代当主・小栗三郎兵衛によって建設されました。

建物は寄棟造り(よせむねづくり。4方向に傾斜する屋根面をもつ建築様式)・桟瓦葺(ざんがわらぶき)の屋根をもつ木造2階建てで道路側に醸造業・肥料・米殻・錦糸を取り扱った「萬三商店」の店舗、奥に居住空間を設けた構造。古風な造りはかつて「半田屈指の豪商」として知られた小栗家の姿を思い出させることでしょう。

現在は地方を代表する歴史的建造物とされており、2004年(平成16年)には主屋をはじめとした8件(書院、辰巳蔵、茶室、渡り廊下、茶室、表門、北座敷、離れ)が国の登録有形文化財に登録。2006年(平成18年)からは1階を半田市観光協会の「蔵のまち観光案内所」として開放していましたが、現在は名鉄(名古屋鉄道)の知多半田駅前「クラシティ半田」に移転。内部は通常見ることはできず外観の見学のみとなっています。住所:愛知県半田市中村町1-40

廻船問屋で栄えた「廻船問屋瀧田家」

廻船問屋で栄えた「廻船問屋瀧田家」

名鉄常滑線「常滑駅」から徒歩約10分の常滑市にある「廻船問屋瀧田家(かいせんどんやたきたけ)」は、江戸時代から明治時代にかけて廻船問屋(かいせんどんや。廻船を所有し物資輸送・売買などを行っていた海運業者)を営んでいた瀧田家の住宅。

瀧田家は常滑焼や味噌などを江戸(東京)に運び、江戸からは醸造の原料となる米などを受け取り運んでおり、廻船問屋以外では1872年(明治5年)に開業した木綿問屋も経営。しかし木綿問屋が大成功すると、1883年(明治16年)に廻船経営かはら撤退 。

建物は1850年(嘉永3年)ごろに瀧田家の4代目・金左衛門によって建築されたもので、内部には「無尽灯(むじんとう。菜種油を使用した灯具)」や和船模型(800石積弁財船模型)、生活道具などを展示。この地区には当時多くの廻船主が住んでいたとされており、当時の生活・事業の様子が見られるのは貴重でしょう。現在は主屋、土蔵、離れが「常滑市指定有形文化財(2000年(平成12年)に指定)」となっており、常滑の主要観光スポットの1つになっています。愛知県常滑市栄町4-75

市民憩いの場にある「聚楽園大仏」

市民憩いの場にある「聚楽園大仏」

名古屋鉄道(名鉄)常滑線・聚楽園駅から徒歩約5分の愛知県東海市、聚楽園(しゅうらくえん)公園内にある「聚楽園大仏」は、高さ18.79mもある鉄筋コンクリートの阿弥陀如来大仏。

1916年(大正5年)に名古屋名物・守口漬の考案者として知られる実業家・山田才吉が、聚楽園を開園、その際に「大正天皇御大典記念事業」として大仏の建立を計画したことが歴史の始まりで、実際に着工したのは1923年(大正12年)。山田が自費を投じて建設、1927年(昭和2年)5月21日に「昭和天皇の御成婚記念事業」として開眼供養。建立当初は白毫(びゃくごう。仏の眉間に存在し、光を放つとされる毛)にサーチライトが仕込まれていた時代もあり、1934年(昭和9年)には『大仏廻国 中京篇』というタイトルの映画も制作(フィルムは現存せず)。想像してみると相当「シュール」な光景が浮かんできそうですね。

大仏は1983年(昭和58年)から曹洞宗大仏寺の所有となり、1997年(平成9年)から公園周辺が「しあわせ村」として整備。公園内は遊具やトレーニングルーム、室内プール、抹茶などをいただける「嚶鳴庵(おうめいあん)」もある憩いの場として親しまれています。住所:愛知県東海市荒尾町西廻間2-1

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